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2008-05-21

少年→青年

488 名前: 本当にあった怖い名無し 投稿日: 2008/05/10(土) 16:17:10 ID:PqqPY0yg0
風水は土地の良い気のエネルギーを積極的に使いますが、
この気のエネルギー(地運)は20年ごとにその流れを変えています。
20年の区切りの元になっているものが三元九運です。
古代中国で暦の発達と共に三元九運の基盤が出来ました。
明時代の書物には諸葛孔明がこの三元九運に則り風水を駆使し、
多数の敵を少数で倒した事が書かれています。

下元八運 2004~2023年 甲申年~癸卯年

下元は破滅・再生と見ます。

八は八卦の中で艮(ごん)の卦を持っています。
艮(ごん)の卦の要素は以下の通りです。

五行:土
方向:東北
人物:三男(少年)
自然:山
動物:豹
体:手
行動:保守、慎重、忍耐、停滞、安定

2004年から始まっている「下元八運」の八白土星は
停滞、変化、再生をあらわすエネルギーと考えられ、
「土」の性質が強い期間ですから、
地震や噴火、企業の不祥事などの災いも続くでしょうが、
自然環境を大事にする考え方も広まります。
また、保守的な時代から新リーダーの登場が期待されます。

489 名前: 1 ◆3Z7vqi3PBI 投稿日: 2008/05/10(土) 20:30:16 ID:dwSwpoua0
なるほど。「山」ですか。それで世界一高い山のあるチベットが
注目される。ラサから見れば北京は東北(鬼門)。
チベットには絶滅保護指定された「ユキヒョウ」がいる。
ダライ・ラマが常に心がけている修行は慈悲と【忍耐】。

「少年」に対応しているなら、パンチェン・ラマやカルマパ17世も
今後何かありそう。
490 名前: priceless [sage] 投稿日: 2008/05/10(土) 21:49:55 ID:14MMjgX60
カルマパ17世は既に22才の青年ですので、少年と言うのはいささか無理があるかと
みんな2001年の亡命時の姿を思い浮かべるのでしょうが、今やさすがチベット仏教No.3の貫禄と風格を湛えた姿になってますw

現状、少年として関わりがあるとすれば……
カギュ派第6位の転生活仏・パオ11世ですが、カルマパ17世の亡命以降幽閉されて
チベット仏教との関わりを禁じられているし…

491 名前: 1 ◆3Z7vqi3PBI 投稿日: 2008/05/10(土) 22:00:03 ID:dwSwpoua0
>>490
あ、ほんとだ。・・・ちょっと前まで物凄い無鉄砲でやんちゃな子に見えた
のに、いつの間にかイケメンになってる。
http://www.afpbb.com/article/life-culture/religion/2263897/2004574

或いは、特定の人物ではなく次世代を担う子供達とか

492 名前: 本当にあった怖い名無し [sage] 投稿日: 2008/05/10(土) 22:18:46 ID:14MMjgX60
>>491
そのリンク先だと、亡命した黒帽派カルマパ17世、ウゲン・ティンレーとは別人です
ウゲン・ティンレーはこっち↓
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080510-00000012-mai-cn

そっちのカルマパ17世はティンレー・タイ・ドジェと言う名で、支持者らと共に「真のカルマパ17世」を称して
現在デリーを拠点に活動しています(こちらはダライ・ラマの承認を受けていない)

……この辺、いろいろありますんで

493 名前: 1 ◆3Z7vqi3PBI 投稿日: 2008/05/10(土) 23:03:28 ID:dwSwpoua0
どこでも利権はめんどくさいですね。

494 名前: カル ◆LcsowhYaBs 投稿日: 2008/05/10(土) 23:11:57 ID:D0pSMKva0
そのへん独立後にやって欲しい。

495 名前: 1 ◆3Z7vqi3PBI 投稿日: 2008/05/10(土) 23:24:22 ID:dwSwpoua0
>>4
>対外的なイメージを統一し、仲間内での
>意見の相違に対してどうするかが課題か

496 名前: 490 投稿日: 2008/05/11(日) 00:35:27 ID:EhGA1f560
>>495
まさにそれがチベット亡命政府及び亡命チベット人達の課題と思われます
よく言い当てていると思います
元々チベット自体がカム地方・アムド地方・ウー・ツァン地方と必ずしも統一されていませんでした
ダライ・ラマの宗教的権威こそ及ぶものの、ラサのガンデンポタン自体の政治的な支配力はウー・ツァン以外では必ずしも発揮されていませんでしたし、
かつシガツェ市のパンチェン・ラマとダライ・ラマとの対抗状況もありで、そうした内部分裂を中共に付け込まれた結果、全土の侵攻を許してしまいました
共産中国の侵攻が逆に「チベット人」としての意識を高め、ダライ・ラマへの求心力を高める結果になりましたが……
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