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2008-06-06

バランサー、民族、宗

709 名前: 本当にあった怖い名無し 投稿日: 2008/05/31(土) 02:43:57 ID:VPUS/yruO
>>697
チベット仏教は特定の民族をサポートするものではない。

713 名前: 本当にあった怖い名無し [sage] 投稿日: 2008/05/31(土) 05:03:16 ID:5hILg1QE0
>>709
そういう意味じゃなかろう。
チベット仏教が、チベット民族をサポートするために主体的に働くってことじゃなく、
チベット民族にとってチベット仏教がサポート(精神的支柱)的な役割を果たしている
ってことだと思う。
チベット仏教自体は特定の民族に肩入れするものではなくニュートラルだが、それを
チベット人がどう使うかってこと。

716 名前: 1 ◆3Z7vqi3PBI [sage] 投稿日: 2008/05/31(土) 12:00:44 ID:HvVvywCc0
>>709
おっしゃるとおりです。今や特定の民族のみならず、
サポートシステムを失った先進国からも注目されています。
特定の民族に限定して機能するシステムは現代ではあまり
残っていません。ユダヤ教くらいなもの。

そのユダヤ教にも変化が起きるかもしれません・・・
http://www.asahi.com/international/update/0531/TKY200805310046.html
718 名前: 本当にあった怖い名無し [sage] 投稿日: 2008/05/31(土) 13:25:56 ID:NHUsakA10
「夜と霧」のフランクルとか、「我と汝」のマルティン・ブーバーなんはか
ユダヤ教徒だけど、特定民族に肩入れせず、普遍真理の神話的解釈としてとらえていた。
前者は「迫害したのがドイツ人だから」と言う理由でドイツ人を憎むのは、
「身長170cmの人間が自分を迫害したから」という理由で身長170cmの人間を憎むのと
同じ、といっているし、後者は、インドのヨギや日本の禅にも理解が深い。実際禅によく似た思想展開だった。

宗教と言うのはどうしても未開時代の限定した文化を背景に成立している部分があるから、
他の文化や宗教とであった時に対立することもある。

今の中国によるチベットの迫害も、ドイツによるユダヤの迫害も、一方が一方の文化や民族性や思想を
認めず、「悪」と断定することが大きな原因になっている。

河合隼雄によると、日本は中空構造を基本にした三位一体の調和機構をもっているとか。
日本神話におけるツクヨミ、天御中主神、のような一見どちらかにくみしない存在感の無い存在が、実は意義をもっているとしている。
天照大御神とスサノオノ命のドラマの側らではあまり存在感は無いけど、
AvsBという2極の対立的な構造を、無自覚的に均衡的な3に変化させていることでもあると思う。

マンダラにおける大日如来もそれに近いとのこと。そうした存在や姿勢は実際必要だとおもう。

719 名前: 本当にあった怖い名無し [sage] 投稿日: 2008/05/31(土) 13:34:35 ID:NHUsakA10
日本はバランサーとして、チベット弾圧に強く異を唱え、チベットの存在感を回復し、
苦しみを取り除く一助になることが現在最も肝要なのはもちろんだが、
一方で、四川省の災害などによる被害回復にも力をそそぎ、
両者にとって善友となる努力をすることが、結果的に両者の2者対立型構造を、
日本という中空構造を含む3者均衡型構造、調和の型に変える役割をはたすことができると思う。

720 名前: 1 ◆3Z7vqi3PBI [sage] 投稿日: 2008/05/31(土) 14:03:48 ID:HvVvywCc0
>>718
そうですか。やはり元型的解釈ができるんですね。

>>719
日本は今回の一連の流れに無縁ではないと思います。
コキントウが来日した時に起きたシンクロニシティーから
みると「バランサー」という点では恐らく彼もその役割を担うと思います。
今のところは信じがたいことですが・・・

721 名前: 1 ◆3Z7vqi3PBI [sage] 投稿日: 2008/05/31(土) 14:36:59 ID:HvVvywCc0
「宗教対立」という観点で見ると、チベットと共産中国との確執も
ある種の宗教対立的なところがあると思います。
チベットの精神的な生命活動は共産党から見て「異端者」だったわけで。
しかし宗教対立は自分達が崇めている「神」や「ご本尊」「精霊」「党」といったものが自分達
の何を象徴するものなのかを知ることで、純粋な信仰はそもそも内的世界
にあるもので外的世界での対立の口実にはなりえないと認識できるかもしれません。
信仰の対象とされているもののほとんどに共通することは、みな基本的に広義の「生命力」
を崇拝しているようです。「生命力」は肉体的なもに限定せず、知性、精神力、気象など
「生きることを助ける力」「自分達の生命活動が属する自然界の力(=それを自分達を保護する組織に投影)」
も含まれている。
で、神やご本尊や精霊は元型的・普遍的な生命力のイメージをその土地の気候・風土・生活形態に
合わせてアレンジして表現されたシンボル。
(例えばチベットなら命の水をもたらす雪山は大体信仰の対象)
普遍的な「生命力」を偉大なもの、神聖なもの、有難いものとして崇拝することは、
自分の中にある生命力をも鼓舞することになり、それが「生きる力」のサポートになる。
そのサポートをより効率的に活用するシステムを集合無意識は作り上げる。
そんなシステムを作りげた集合無意識の意図と知性をチベタンたちは「菩薩様」と呼ぶのかも。
やってることが単に「普遍的生命力の崇拝・鼓舞」だと知れば原理主義とか宗教紛争
とか無くなりそうですけどね(ただしサポートシステムがエゴに乗っ取られず正常に働いている場合に限る)。

726 名前: 本当にあった怖い名無し [sage] 投稿日: 2008/05/31(土) 17:13:39 ID:YlWndsj70
>>721
うーん、1さんの書き込みには常々敬服させられているが、これは少し頭でっかちな分析の感あり。
「普遍的生命力の崇拝・鼓舞」は、日本のお家芸で、1910-1930sの大正生命主義や1975-の新霊性主義運動が有名だけど
ある種のニューエイジャーとおなじで、「悪」「人間でないもの」を無視しているために、これらに足を取られやすい。
また、一元論にすぎるため、一神教と同じく、現実に生きて在る力であるさまざまなものたちの個別性や、相互作用を無視してしまいやすい。
チベットを考えるなら、とりあえず、チベット仏教の行法を、書籍を紐解くかたちでいいから学習してみたほうがいいのではなかろうか。

卵の神秘が語られ始めるのは、もとは紀元前20世紀以前のエジプトだが、紀元2,3世紀のローマ・中国でも同時に語られだしている。
中国は、公式記録以外の記録を残さない国なので、想像以上に記録がないが
インドやアラブのここ2500年くらいの記録や、状況証拠、また歴史学の常識として
オカルト(隠された知)、ことに医学・占術の専門家の東西交流は、ユーラシア大陸を一体としていた。
また、マニ教だが、明代中国を訪問した16世紀の西洋人の記録に
「弾圧をおそれて自分たちの神を秘匿するあまり、自分たちの神が誰なのかさえ忘れてしまった人々の大集団がある」
として、マニ教信者の秘密コミュニティが中国に存在することを報告しているものがある。
オカルトは、東西一体。ただし、中国では、すべての象徴が、現実的で即物的のあらわれる、という特徴がある。

739 名前: 1 ◆3Z7vqi3PBI [sage] 投稿日: 2008/05/31(土) 21:01:36 ID:HvVvywCc0
>>726
>「悪」「人間でないもの」
>現実に生きて在る力であるさまざまなものたち

こういうのもひっくるめて、広義の「生命力」を持った存在と
しちゃうわけにはいきませんかね?

740 名前: 本当にあった怖い名無し [sage] 投稿日: 2008/05/31(土) 23:05:21 ID:9LtxuJXR0
>>714
>>726

>医学・占術の専門家の東西交流は、ユーラシア大陸を一体
>オカルトは、東西一体
非常に興味深いですね。どのようなつながりがあるのか。
文化の伝播、集合的無意識・・・・。
卵をモチーフとして起源神話が共通してくるように、各地に伝わる洪水神話も
押さえるところかなと思います。ダム版が盛況なのもあながち無関係ではないかも。
人の意識の奥底に水への恩恵と脅威が入り混じって現れている。
秩序と混乱の間を行き来する人のありさまが映し出されているように思います。
この震災が古い神話を思い起こさせるのは、人の根源にある自然観が関係してくるように
思います。1さんが言う「生命力」は「自然」をいかに捉えるかということじゃないでしょうか。
洪水神話のように清濁合わせてみればいいのではないかと思います。

そして「人工・文化」を「自然」に対立した存在として捉えるのではなく、
相互補完的な関係として。
現在の中国しかり、世界全体を見ても、この関係に偏りがあり、均衡を崩している
のだと思います。
そこにオカルト(隠された叡智)が必要になってくるんじゃないっすかね。

>>738
また多士済々ですね。鳥の歌ですか・・・。
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